鹿丸の 好きな食べ物 何ですか
2009-9-28 19:49:09 阅读(12) 评论(3)
さて、十七日に家に帰って、到着したのは午後四時過ぎ、そろそろ晩御飯の時間だった。家の犬は僕のもとに寄り添い周りをぐるぐるまわって歓迎した。ずいぶんうれしそうだった。家に入ると、まず目にしたのは、昨年の夏休みからいきなり体調悪くなり、正常に歩けないようになってしまったおじいさんだった。僕はにっこりと挨拶をして荷物を置いた。台所のほうからおばあさんと杭州の伯母の声が聞こえてきた。そこで、二人は洗濯やすす払いをしていた。「おじいさんがそんなに嬉しそうに見えて、きっとあんたが帰ってきたと思ってたよ。」とおばあさんが言った。確かに、僕が帰ったとしたら、祖父祖母とも喜ぶに違いないが、祖父はあまり喜ぶ顔をしないタイプだ。それを分かったのは両親の離縁で、いろいろ世の中の物事を味わってきた結果だ。
僕たちは四人で楽しくよもやもの話をしていて、そのうち父も職場から戻ってきた。それに、百江のおばさんも晩餐にきた。とてもにぎやかで、幼馴染さを感じた一日だった。
2009-2-16 21:39:29 阅读(46) 评论(7)
過ぎ去ったばかりこの前の学期の末に、学業はすでに一段落付いたが、就職や卒論計画書などのことでまだ学校に残っていた。四年生になっていると、半分の社会人になったということだからね。特に今年は世界同時不況で、厳しい一年となっていて、早めに仕事を見つけなくては。寝室の友達が院生になろうとしているか仕事を探すか、どちらもとても焦るに見える。僕の場合は同じけれど、苛立つほど逆に何もできずやるせなく感じる。別に現実ってことがわかってないわけではないが。ただただ、どうやって初めの一歩を踏み出すか考えも付かないだけだ。こうして、心が悩まされたあげく、いったん脱出して実家に帰ると決意をした。一月十六日、僕はネットで履歴書を何部出した後で、上海南駅へ歩を運んだ。手に入れたのは翌日朝八時の切符だった。
2009-1-7 19:28:03 阅读(69) 评论(6)
最近都在弄毕业论文和设计的开题报告。烦得紧。不知道大家过得怎么样?
很久没有更新,恐怕这里也快长满草了吧~趁今天生日,发一下新年第一贴。
しばらく前の週刊朝日で脚本家の内館牧子さんが「ポニョ」について書いていた。「崖(がけ)の上のポニョ」ではなく、「肘(ひじ)の上のポニョ」の話だ。二の腕に余分な肉がついてポニョポニョしている。これは多くの中年女性が頭を痛める問題なのだという。
剧作家内馆牧子女士在前段时间的朝日周刊上就“金鱼公主”发表了一篇文章。文中说的不是“悬崖上的金鱼公主”,而是“胳膊肘上的金鱼公主”。胳膊上嘟嘟的赘肉。应该说,这是一个令很多中年女性头痛的问题。
2008-12-6 13:34:30 阅读(186) 评论(6)
2008-12-1 15:00:41 阅读(157) 评论(6)
2008年11月29日、新華社は中国人留学生の帰国ブーム(boom,热潮)を報じた。今年の帰国留学生数は5万人を突破すると見込まれている。
現在、広東省深セン市では2008年中国国際人材交流大会が開催中だが、そのブース「海外博士留学生創業連合会」が注目を集めているという。昨年、同ブースに参加した博士号取得者は10人余り。今年は世界各国の有名大学を卒業した博士が30人も参加しているという。その一人、楊健さんは「もはや帰国はやむにやまれず(万不得已)選択するものではなく、中国人留学生にとってのファーストチョイス(First choice)となっている」と話した。
2008-11-11 16:46:32 阅读(74) 评论(5)
その時の気持をその場で分析し、秩序立って考えたわけではないが、ただ、こう自分自身に云い聞かせたのはたしかだ。もし、万一、再び絵筆をとれる時が来たなら--恐らく、そんな時はもう来ないだろうが--私はこの感動を、いまの気持で描こう。
汗と埃にまみれて熊本市の焼跡を走りながら私の心は締めつけられる思いであった。
いま、考えて見ても私は風景画家になるという方向に、だんだん追いつめられ、鍛え上げられてきたと云える。人生の旅の中には、いくつかの岐路がある。中学校を卒業する時に画家になる決心をしたこと、しかも、日道本画家になるを選んだのも、一つの大きな岐路であり、戦後、風景画家としての道を歩くようになったのも一つの岐路である。その両者とも私自身の意志よりも、もっと大きな他力によって動かされていると考えないではいられない。たしかに私は生きているというよりも生かされてい
2008-11-9 14:38:26 阅读(118) 评论(5)
あの風景が輝いてみえたのは、私に絵を描く望みも、生きる望みも無くなったからである。私の心が、この上もなく純粋になっていたからである。死を身近に、はっきりと意識する時に、生の姿が強く心に映ったのにちがいない。
自然に心から親しみ、その生命感をつかんでいたはずの私であったのに、制作になると、題材の特異性、構図や色彩や技法の新しい工夫というようなことにとらわれて、もっとも大切なこと、素朴で根元的で、感動的なもの、存在の生命に対する把握の緊張度が欠けていたのではないか。そういうものを、前近代的な考え方であると否定することによって、新しい前進が在ると考えていたのではないか。
また、制作する場合の私の心には、その作品によって、なんとかして展覧会で良い成績を挙げたいという願いがあった。商売に失敗した老齢の父、長い病中の母や弟というふうに、私の経済的な負担も大きかった
2008-11-1 22:25:24 阅读(72) 评论(2)
あの時分、どうして私の作品は冴えなかったのだろうか。あんなにも密接に自然の心と溶け合い、表面的な観察でなく、かなり深いところへ到達していたはずである。それなのに、私の感じとったものを、すなおに心こまやかに描くことが出来なかった。表現の技術が拙かったのだろうか。いや、それよりも、もっと大切な問題があった。
私は汗と埃にまみれて走っていた。足もとには焼け落ちた屋根瓦が散乱していて、土煙りが舞い上った。汚い破れたシャツ姿のこの一団は、兵隊と云うには、あまりにも惨めな格好をしている。終戦間近に召集を受けた私は、千葉県の柏の連隊に入隊すると、すぐその翌日、熊本へ廻された。そこで爆弾をもって戦車に肉薄攻撃する練習を、毎日やらされていたのである。そんな或る日、市街の焼跡の整理に行って熊本城の天守閣跡へ登った帰途である。
私は酔ったような気持で走っていた。魂を震憾させられた者の陶酔とでもいうべきものであろうか。つい、さっき、私は見たのだ。輝く生命の姿を--
2008-10-25 18:31:15 阅读(119) 评论(2)
霧が流れ、雨が降る。夏の陽が輝くと、草いきれのする野に、放牧の馬の背が光る。驟雨、烈しい雷鳴、晴れてゆく念場ヶ原に立つあざやかな虹。
薊の茎が伸び、松虫草が咲くと、空が青く澄んで、すきとおるような薄い雲が流れる。落葉松が黄褐色に、白樺が輝く黄になると、芒の穂が白く風になびく。
空が厚い灰色の雲に蔽われ、雪が降ってくる。一面の深い雪。樅の木が真っ黒に見え、雪の上に点々と鳥や兎の足あとが交叉する。落葉松の林が、時々、寒そうに身震いして、白い粉をふりまくように雪を払いおとす。
やがて、再び春が巡ってくる。さて、あの芒は--雪が降ってきた時は、だんだん下から積もって、そのまま倒れずにいるうちに、しまいには、すっぼりと雪の中に蔽いかくされてしまう。雪がとけると、頭のほうから出て来て、こうして春に残るのである。私はこの弱々しいものの、運命に逆らわないで耐えている姿に感動した。
2008-10-24 14:56:50 阅读(84) 评论(1)
私は一年の大半を人気のない高原に立って、空の色、山の姿、草木の息吹を、じっと見守っていた時がある。それは、まだ結婚もせず、幼稚園に間借りをしていた昭和十二、三年のことである。八ヶ岳(やつがたけ)の美し森(うましもり)と呼ばれる高原の一隅(いちぐう)に、ふと、好ましい風景を見つけると、その同じ場所に一年のうち十数回行って、見覚えのある一草一木(いっそういちもく)が季節によって変わってゆく姿を、大きな興味を持って眺めたのである。
冬はとっくに過ぎたはずなのに、高原に春の訪れは遅かった。寒い風は吹き、赤岳(あかがく)や権現岳(ごんげんがく)は白く、厳しく、落葉松(カラマツ?唐松)林だけがわずかに黄褐色(おうかっしょく)に萌え出してい